再転勤で関西を去ってしまった、関東人の管理人が、それでもまだまだ出てくる「初めての関西」をこっそりとレポ-ト中。

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↓国宝「出雲大社本殿」
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本殿は大国主大神の鎮座する
神聖なる場所であり神の領域です。
祭事に関る限られた人でも
神殿には立ち入れないそうなのです。
大社神殿の内部を考古学者の方が
学術調査のために立ち入ることが
許される、というのが大変珍しい事
として、ニュ-スで特集が組まれたのを
今年の夏にテレビで見ました。

↓八足門
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ココをくぐることが出来る人には
そうそう出会うことがありません。

↓塀の外から眺めるだけ。
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「大社造り」と呼ばれる日本最古の神社様式の本殿。
現存する日本の神社という神社すべての建築様式が
この様式の上にアレンジを加わえていった形である。
と言うことになるとか、ならないとか・・・

ですがこの本殿も、元来この形だったわけではありません。

↓太古の本殿(復元模型)
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巨木を御柱とする、天に達しようかと云うほどの
大神殿をが築かれていたことが文献に残っており
発掘により、御柱の痕跡も発見されています。
この当時の高さは東大寺の大仏殿よりも高い
約48mを誇っていたのだそうです。

↓本殿の模型もあります
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入り口大鳥居を出てすぐ、
参道のPR館に置いてあります
本殿の詳細をご覧になりたい方は
小さいけどこちらでご覧下さい。

↓スサノオ神社
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本殿真裏に鎮座まします
素鵞社(そがのやしろ)
大国主大神の父とされる
素戔鳴尊(すさのおのみこと)
が祀られています。
木々に囲まれ、厳かな雰囲気です。

↓本殿裏から
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静かな昼下がり。

↓神楽殿
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本殿に負けず劣らず巨大な奉納舞踊殿。

↓しめ縄
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拝殿のもよりさらに巨大な注連縄。
全長13m、重量5t、デカっ!!!

注連縄の下に立って上に向けて
賽銭を放り、注連縄に刺されば
幸運を呼ぶ。という俗信があるそうです。
みんなで小銭を投げ上げていました。

↓小銭だらけ
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賽銭がココに刺さると幸せに・・・

↓日の丸
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日本の礎とされる出雲のおおやしろ。
掲げる日の丸もそれを象徴するかのように
善くも悪くも関係なく、とてつもなく巨大です。


出雲大社の神在月。
ソコに何かがあるわけでも無いけれど
神話の上では、いまココは神様だらけのはず。
それも今日でおしまい。
政治も宗教も無関係に
神在月の出雲に間に合った。
ただそれだけでちょっと満足。

↓帰り道
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一畑電鉄出雲大社前駅。
来るとき逃した私鉄、一畑電鉄。
せっかくだからコレに乗って帰ります。

↓コレに乗り換え
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↓宍道湖
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一生に一度の出雲大社になるのか、
それとも、また詣でる機会があるのか。

それは、・・・神様との縁次第。

電車でうとうとしながら、そんなこと考えてました。










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あくまで個人的な願望として
一度は行ってみたかったココ
「神有月」の出雲大社です。

↓参道中鳥居
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松並木で砂利敷きのまっすぐな参道
ココを過ぎると拝殿正面に行き当たります。

↓銅鳥居から見る拝殿
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↓拝殿
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神話の伝えでは、
大国主の尊は、日本初の英雄神としてたたえられる
素盞嗚尊(スサノオのミコト)の息子だとか
六代後の孫だとか伝えられており、
神様の世界とされる高天原から天下り
葦原中国(あしはらのなかつくに)を作りましたが、
天津神(高天原の神様)から、国は神様が治める。と要求され、
大国主は、住む場所として神殿に匹敵するくらい大きな
社を用意するなら国を譲ろう、と神様たちに交換条件を出し、
社を得て国を譲った。という理由で出来たのが
出雲大社の大元であるといわれるそうです。

↑コレは葦原中国平定(あしはらのなかつくにへいてい)と呼ばれる故事で
葦原中国の「中国(なかつくに)」が、現在の「中国地方」の語源だともいわれます。

↓しめ縄
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デカっ!!!

↓んま
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↓んし
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奉納された銅像ですが
云われがわかりませんでした。
牛も馬も共に、農耕には欠かせない
パ-トナ-、そんないわれでの
奉納なのでしょうか。
(多分違ってると思う)

二つとも鼻の頭が参拝客の手で
つるつるに研かれています。
何のご利益があるのかわかりませんが
とりあえず触ってきました。

ご利益ご利益。  (^フ^)

↓本殿
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さあ、いよいよ本殿です。

ココには入れないですよ、ご存知ですか?
(本当に入れません、外から見るだけです)



10月は普通「神無月」といいます
コレは10月は神社の神様たちが
出雲へ呼ばれるという神話の
故事に由来します。

ゆえに、当の出雲でにおいて
10月は「神在月」と呼ばれます。

一生に一度でいい、
10月の出雲大社に
神在月の出雲大社に
詣でてみたいものだ。

なぜかそう思い出したのは
今は昔の高校時代、
何年前だかわからない
そんな少年時代のことでした。

現在僕は兵庫県尼崎市に在住中。
出雲大社へは日帰りで行ってこられる
非常に恵まれた場所に住んでいます。
今年を逃したら次は来年。
このチャンスは絶対に逃せないな~。

ただそれだけの思い入れに後押しされて
行っちゃいました、神在月の出雲大社へ。
(また神社の話です、興味の無い方、ごめんなさい)

↓コレに乗って出かけます
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↓コレに乗り換えて
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片道約5時間の強行軍、
始発で尼崎を出発し
出雲に着いたのはもう昼前でした。
島根県ってこんなに遠かったの?
あー、眠かった。

↓最寄り駅
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出雲市駅から出雲大社直近まで
私鉄が走っていまるのですが
1時間に一本のその電車には
間一髪で間に合わず。

仕方がないので15分程待って
駅からバスに乗り一路出雲大社へ。

現着時点で11:30
さすがにお腹が減りました。

↓出雲名物「割子そば」
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割子に盛った蕎麦には
紅葉おろし、青ねぎ、刻み海苔を乗っており、
直接出汁つゆをかけて頂きます。

・・・いけます。美味しい蕎麦です。

↓出雲大社
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ここから「神在月」の出雲大社探訪開始です。

↓参道
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入り口の大鳥居をくぐると
下り坂になり、参道へ向かいます。

出雲大社は、
日本の国の礎を築いたとされる神様
「大国主大神」(大国主の尊(おおくにぬしのみこと))
を祀る神社ですが、その歴史は桁外れに長く、
神社自体もその過去の歴史のすべてを
おそらく完璧には把握できてはいないという程、
現代に於いても謎の多い神社なのだそうです。

↓因幡の白ウサギ
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ワニ(フカ・鮫のこと)に喧嘩を売ってまるはぎにされた
白兎を助けたという大国主の尊の神話の伝えを表した立像。

↓御霊を授かる大国主さま
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大国主の尊が御霊を授かる図
この故事により大国主の尊は
縁結びの神として尊ばれることとなったそうです。
(昔詳細を読んだはずなんですけど、すっかり忘却)

大国主の尊様って、大黒様のことだったんですか?
(知らないことがいっぱいです、本当なんだろうか)

以下、次回。









大阪天満宮を探訪中です。
今回で一連の商店街ぶらぶらと
天満宮見て歩きはおしまいです。
帰り道編なのでたいしたものは
出てきませんので、力を抜いて
ご覧下さい。

↓すごい神社
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大阪天満宮の敷地内
北のはずれに鎮座する
すごい名前のこの神社!

↓白米稲荷神社
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創建の由来も建立の起源も定かでない
とされる、稲荷神社の分詞にお社です。

白米! 白い米!! しかもお稲荷様!!!
なんか、この神社様とご縁が出来たら
食いっぱぐれしなくて済むかもしれないぞ!!
(どんな妄想なんだか・・・)


ココからは再び天神橋筋商店街
1丁目界隈へ戻ります。

↓フジワラビル
F①
天神橋筋1丁目商店街の
起点のア-チのところから
右を向くと、そこにあります。

↓エントランス付近
F②
何でも大正末期に建てられたという
レンガ造りの古い建物です。
ギャラリ-とアクセサリーショップが入るとともに
絵画、彫刻、演劇など、総合的に「芸術作品」を
プロデュースを行う会社が入っている、らしいのです。
(検索では具体的にヒットしませんでした)

天神橋筋の袂から、大阪の芸術が息吹く。
というような環境があったとしたら・・・。
一度は覗いて見なくっちゃならないかも知れませんね。

↓天神橋
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中之島の東の端に架かる天神橋です。

↓旧天神橋、名称標識。
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元々の天神橋には、鉄道橋のように
両サイドにフレ-ムが当てられ、梁が渡されており
その梁の上にこの名称標識が掲げられていたのだそうです。
すごい装飾がなされていますね。今じゃ考えられないです。

↓テレビ大阪
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テレビ東京系関西キ-局。

↓てれびおーさか
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ツッツッツー、テレビおーさか!テレビおーさか!!
デジタルは7(ななー)!!!

というTVCMが耳から離れません。

関西の方にはコレ。
マスコットのゆる~いキャラ
たこるくんでおなじみですね。

天神橋を渡りきり東へてくてく、
JR東西線の大阪城北詰駅を目指します
東西線なら尼崎まで直通です。
新たな発見!我が家の最寄り駅って、
大阪城直結だったんですね。

↓大阪城が近いです。
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天神橋筋商店街を
キタの始まり6丁目から
流れ歩いて1丁目、

天神橋筋を参詣道に抱える
ナニワの天神さん、
大阪天満宮に詣でております。

↓立派なお社。
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現在の本殿は天保14年(1843年)に再建されたもの
1000年に達しようかという天満宮の歴史の中で
社殿の焼失は江戸時代だけでも7回記録されているそうです。

しかし、第二次大戦の戦火は見事に潜り抜けました。
地元の氏子さんたちが、天神さんを焼いたらアカン!!!
と、全力で社殿を守り抜いたおかげなのだそうです。

↓渡り廊下。
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本社殿と参集殿を結ぶ
渡り廊下(名称わかりませんでした)この廊下がすごい芸術品です。
渡り廊下の床板の下板にびっしりと細かな細工彫りが施されています。
キレイに撮影できなかったので写真は載せません

彫刻自体の保護のため
床下には金網がかかっていますが
コレだけでも見に出かける価値があります。
天満宮に行ったら、ぜひこの廊下の床板を
中腰で下からご覧になって下さい。

↓登龍門
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本社殿脇の通用門ですが、
立派なつくりと、雅で細かで芸術的、
そんな豪華な彫刻に覆われた門です。
灯篭には、鯉が滝を登り天へ達して龍になる
という言い伝えに由来し、鯉と龍が象られています。

↓願い絵馬
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すごい数の絵馬が奉納されています。
なんといっても天満宮ですからね。
学問の神様、菅原道真公への願かけです。
願いがかなう方、多いといいですね。
なんかそんな気分になってしまいます。


・・・大阪天満宮散策はまだ続きます。



















天神橋筋商店街を北から下ってきた
天神橋筋商店街1丁目の東側に
大阪天満宮があります。

↓裏参道。
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この提灯の角を左へ曲がると、
社地裏に当たり裏参道なんですが
やっぱり社門をくぐって参拝にあがりたいじゃないですか。
で、入り口の案内を探して歩いているうちに
天神橋に出ちゃいました。

アレー???と思いながら来た道を戻って
きょろきょろしていると、ようやく案内看板を発見。

↓社門入り口の案内
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右上の看板がそうなんですが、
・・・ちょ~っとばかり小さくないですか???

大阪天満宮
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大阪市最大の夏祭り
大阪天神祭りを執り行う
菅原道真公をお奉りする
「ナニワの天神さん」です。

↓手水場
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↓拝殿
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大阪天満宮は、
菅原道真公が、大宰府へ流される直前に大阪の大将軍社に参拝し
道真公の死後その大将軍社の境内に突如七本の松が生え、
夜毎金色の霊光を放ったという噂伝えが当時の村上天皇に届き、
勅命で道真公の御霊を鎮めるべく、この地に天満宮が鎮座された
と言うのが始まりです。

いわれはともかく、大阪天満宮には
早くも苦い思い出がひとつ。

それはこの夏最大の失敗、
天神祭を知らなかったこと。
この「ナニワのお祭り」のことを、

ま ったく知らずに

初めての関西の
初めての夏の
初めての大きなお祭り
しかもある意味大阪市の
象徴のような天神祭を
すべて見逃したのが
大変悔やまれます。

来年こそはお祭りを見よう!!!

↓本殿全景
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次回も大阪天満宮ぶfらぶらをお届け。

神社が好きなもので、不必要に細かく記事を書いてます。
興味の無い方には、なにとぞご容赦をお願いいたします。


↓天神橋筋2丁目商店街
22.jpg
商店街が国道1号線をまたぎます。
確か、国道一号線だったような
地図上では、ここを左手へ行くと
大阪造幣局の北門前を通りはず。
春先に桜の通り抜けを見物するため
ココを自転車で通ったはずなんですが
すっかり記憶から抜け落ちていました。

↓振り返った北側のア-ケ-ド
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文楽人形のモニュメントに
負けず劣らず大きなちんさくんが・・・。

↓静かな昼下がり
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天神橋筋商店街は、元々が
大阪天満宮への参道としての役割を持ち
後に国道近辺に配された寺町通りを支える
長い歴史を持つ商店街になったのだそうです。

大阪市の交通網が整備される以前の
天神橋筋商店街の中心は、
1丁目~3丁目だったんですって。

環状線の大阪駅の隣の駅、天満駅が出来て以降は、
天満がタ-ミナル駅、大阪に隣り合うことから
天神橋筋の北側に人が動くようになり、
商店街の繁栄の度合いが変わったとのことで、
南のほうはすこ-し静かになっているのだそうです。
すごく元気に見えるんだけどな・・・


↓天神橋筋商店街1丁目
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ア-ケ-ドの始まりはココ、
直線距離では日本一長いア-ケ-ドはココから始まります。
でも商店街の起点はココじゃ無いんですね。

↓天神橋筋商店街一丁目
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このア-チが商店街の起点です。
後ろを振り向くと、すぐソコに
中之島に架かる天神橋があります。

・・・結構な距離歩いちゃったんですね。

↓表参道
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次は大阪天満宮へいってきます。






天神橋筋の3丁目と4丁目の間に
この夫婦橋があります。

↓夫婦橋
⑮

⑬
元々ここは天満堀川という川が流れていて
そこにかかっていた橋が夫婦橋というのだそうです。
今も夫婦橋守る地元商店会が、橋の欄干を保存
モニュメントを設置したのがこのあたり。

↓夫婦橋地蔵
⑭
橋のすぐそばにはお地蔵さん。
川のほとりの橋の袂にお地蔵さん。
昔はそういう景色なところだったんですね。

いまは頭の上に高速道路、
足の下には地下鉄が通る大都会です。
時代の遷り変りは、想像を絶する形に
街を変貌させるものなんですね・・・

天神橋筋商店街3丁目
⑯
ココか南側は、今までの商店街よりも
天満宮の参道としてのカラ-が強くなります。
天下の台所のよりどころ、
天神さんへお参りする表参道です。

ア-ケ-ドのディスプレイがおもしろいんですよ。

↓萌黄色
⑰

↓浅葱色
⑱

↓真朱色
⑲

↓桔梗色
⑳
ア-ケ-ドには、各ブロックごとに、
色違いの和彩色で彩られた大きな鳥居が、
頭上にたくさん掲げられています。
この鳥居の大きさ、この数の多さ、この色彩、
コレだけ見て歩いてもちょっと楽しいです。
神社の参道らしい雰囲気つくりになっています。






天神橋5丁目商店街から1ブロック西に行くと
ナニワの大通りのひとつ、天神橋筋が通ります。
天神橋筋を挟んだお隣の扇町にはコレがあります。

カンテ~レ
⑪
今年で開局50周年。
関西のフジテレビ系キ-曲
関西テレビがあります。
関西在住の方にはコレ、
シニカルで独特なマスコットキャラクター
ハチエモンでおなじみ。
大阪のお土産品のお店では
やたらとよくハチエモングッズを見かけます。
夜中のテレビCMで、ぼそぼそっ、と喋る
ハチエモンのCMには圧倒され続けてます。
夜中に笑いをこらえるのは大変なんだから。

↓遠くにHEP FIVE
⑪-1
まっすぐ向こうが阪急梅田駅近辺。
梅田からならすぐそこじゃんか、
と思っていましたが・・・
以外に遠かったんですね。
(↑大阪の地理にうとい関東人です)

天神橋筋4丁目商店街
⑧
各商店会ごとに変わるアピ-ル。
エリア分けが明確で、「お!ここから変わった!!!」
というのがよくわかります。
コレは意外に見ていて楽しいです。

↓わごん市
⑩
今週末、4丁目ではわごん市が行われます。
お買い得品、掘り出し物が目白押し!
通算133回目という長い歴史がある
名物セ-ルなんだそうですよ。

行ってみたかったな・・・
(週末は仕事で出かけられません、残念!)

↓TEN4
⑫
いろんなものが食べられて
いろんな買い物が出来る。
ああ、こんな商店街が
歩いて行ける場所にあったらなぁ。

すごくうらやましいです。

















天神橋筋6丁目商店街の北の入り口は
地下鉄谷町線のそのまんまの駅名
天神橋筋6丁目駅」が最寄り駅。
ものすごくわかりやすいですね。
(それだけなんですが)

↓てんろく
⑤
今回の商店街ぶらぶらは
直線距離日本一のア-ケ-ドの
高さと長さとお店の多さを見に出かけた
それだけの散歩みたいなものなので
その風景が中心ですので、
ほぼおんなじ風景が続きますが
よろしければお付き合い下さい。
(画的には飽きるかもしれません)

天神橋筋商店街は、一見すると
ひとつなぎの長い商店街なのですが
丁目ごとに商店会が変わります。
がらりと変貌するわけでは無いのですが
ココからは隣の商店街ですよ、という
アピ-ルははっきりと現れます。
お隣同士でも馴れ合いにはならず
しかし協調してお互いに高めあうという
切磋琢磨の構図が見て取れます。
元気な商店街の健全な姿ですよね。
関西の元気な商店街は気持ちがいいです。

↓TEN5
⑥
ココからは天神橋5丁目商店街

↓天五グルメマップ
⑦
お腹が減ったらコレを頼りにお店探し。

↓天五の最寄り駅
⑨
天神橋5丁目商店街は、
ど真ん中にJR環状線の高架が横切り
ア-ケ-ドの真上にJR天満駅があります。
大阪駅の次の駅に、日本一の商店街ですよ。

東京で言えば、有楽町とか神田に
庶民の台所がで-んとあるようなもんです
しかも考えられない巨大な規模。
御徒町のアメ横よりも大きくてそのうえ
庶民派な商店街が存在しているなんて、

大阪は思っていたより遥かに元気ですね。

↓お腹減ったのでうどん。
うどん
今まで経験したことが無い底値
きつねうどん、280円、すごい

↓ココで食べました。
うどん屋
これぞ庶民の味方。
しかも美味しい。
ほかにも美味しそうなお店は
山盛りたくさんありますよ。
















大阪市北区を南北に貫く
天神橋筋という大通りがあります。
その天神橋筋の一本東側に、
直線距離では日本一長い
商店街、「天神橋筋商店街」があります。

元々神奈川県民の僕にとっては、
歩行者オンリーの長いアーケードの商店街
自体が、あまり経験が無いモノでもあり、しかも
日本一のソレが電車で15分くらいの距離にある・・・
コレは見に行かなければ!

と思い、出かけてしまいました。

↓スタ-ト地点。
①

②
天神橋筋商店街は、中之島の袂から北へ
天神橋筋1丁目~6丁目まで延々と続き
その全長は2600mにも達するとのこと。

そして、その商店街は
日本三大祭の一つに位置づけられる
天神祭を行う「大阪天満宮」の参道へとつながります。
これは、迷わず、端から端まで見ていかなければなりますまい。

と言うわけで、行って来ました。
天神橋商店街です。

↓てんろく
③

⑤
天神橋筋6丁目商店会
通称「てんろく」です。

エコやんか!というくらい
エコロジ-にこだわる販売形態を
目指して営業中。
なんだかのっけから面白い商店街じゃないですか。


④








兵庫県尼崎市の精密機械部品メーカー
ゼロ精工さんという会社がございます。
油圧バルブや航空機の部品など
人の目にはあまり触れないけれど
重要な部品を多く扱う精機会社さん
だそうですが、今回紹介するのは
そのメーカーさんが持つ高度な技術を
一般向け商品として放った異色の意欲作。

ステーショナリー(文房具)です。

↓「溜息3秒」
溜息①

↓実はボールペンです。
溜息②
なぜ「溜息3秒」なんていう名前?
それはこれ↓をご覧下さい。

↓溜息3秒。

ボールペンが、溜息をつくように
約3秒でゆっくりと鞘に納まるため
「溜息3秒」と名が付いています

ボールペンと鞘の隙間は、なんと20ミクロン。
金属研磨加工の技術で凹凸無く仕上げた
真円に近づけた円柱状のボールペンのペン軸を
鞘に投入すると、ペンの自重のみが微小な隙間から
一定量の空気を非常にゆっくりと排出することで
この降下速度を作り出します。

コレは金属切削や研磨加工など
ミクロン単位の精度を要求される
精密部品メーカーだからこそ持ち得る
高度な加工技術で作られた文房具なんですね。

高度で精緻な工業製品が作り出す
溜息のようにゆったりとした不思議な安らぎ。
このバランスがたまらなくおもしろいんです。

↓美しい、・・・かも、
溜息③
ゼロ精工のステーショナリーシリーズは
このほかにも多数ラインナップが存在します。
興味がおありの皆様、お求めは、
通販、もしくはお近くの百貨店、
M.I.A.Shop(メイド・イン・アマガサ・キショップ)
などでどうぞ。

(M.I.A.Shopがお近くにあるのは尼崎市だけですが)



兵庫県の名物、丹波の黒豆
黒豆というのは大豆の近似種ですから
当然、若鞘で収穫すると枝豆になります。

↓丹波産黒豆の枝豆
黒枝豆①

黒枝豆②
関西ロ-カルのニュ-スで聞きました。
丹波黒は、枝豆での収穫期間が
10月中旬の2週間しか無いそうで
枝豆としては出荷する絶対量が少なく
近畿圏以外へはなかなか出回らない
希少な農産物なのだそうです。

その美味しさは初期の「美味しんぼ」でも
心打つ食材として取り上げられています。

僕にとって、丹波黒の枝豆は
食べる機会があるものならば、
ぜひ、一度は食べてみたい
そういう食べもののひとつでした。

・・・まさか、近所のス-パ-で
あっさり当たり前に売っている野菜だなんて
これっぽっちも思ってませんでしたから。

さすがは兵庫県。丹波黒も地産地消。
頭が下がりました。ありがとう兵庫県!!!
(↑大げさ)

↓茹で上げ中
黒枝豆③
鞘の汚れををキレイに洗った後
産毛を取るため念入りに塩で揉んで
水から火にかけ、沸騰してからさらに
茹であげるること約10分、
美味しい枝豆の出来上がりです。

↓黒豆の枝豆、出来上がり
黒枝豆④

↓黒っぽい・・・
黒枝豆⑤
将来黒豆になるその薄皮は
ほんのりと黒みがかってます、
枝豆としては甘味が強く
大粒なので食べ応えがあり
なんだかとってもうれしいです。
(あくまで個人的感想です)

↓ビ-ルに枝豆
黒枝豆⑥
ビ-ルじゃなくて発泡酒ですけど、
定番の組み合わせで晩酌。

あと何回丹波黒の枝豆が食べられるでしょうか
初体験、新しい秋の味覚にしばらく浸るかもしれません。




交通科学博物館。

子供の頃図鑑で見ただけのモノや
もう子供時代の思い出の中にしか
存在しない、と思っていたモノが
けっこうあり、意外にハマりました。

次のコレもそういうモノです。

↓リニアモ-タ-カ-
k-13

k-14
もう29年も前の1979年(昭和54年)、
このリニアモ-タ-カ-試験機ML-500形が、
時速517㎞/hの最高速度を記録。
リニアモ-タ-カ-は未来の交通手段として
幅広く知れ渡ることになったそうです。

が、常設で営業運転するリニア路線の開業は
中国に先を越されてしまいましたね。
リニアの基礎は国鉄が作ったのに、もったいないですね。

どげんかせんといかん!!!
(ML-500の試験軌道は、当時宮崎県にありました。)

↓新幹線
新幹線③
歴代の新幹線が模型で展示されています。
子供たちのは最新型の新幹線が興味の的

でも、昔子供だった方には、こちらの方が
深く記憶の底に残ってはいませんか?

0系新幹線
新幹線①

新幹線②
1964年(昭和39年)初登場
世界に衝撃を与えた高速旅客鉄道
日本の「新幹線」の最初のモデルです。

現在は山陽新幹線の「こだま」として現役運転中ですが、
その役目も2008年11月末を以って終了します。
実際に走っているコレが見られるのもあとわずか。

↓記念展示
新幹線④
またひとつ、歴史の変わり目がやってきます。
0系新幹線っていうのはどんなものだったのか
コノ展示を見て思い出してみるのもいいかもしれません。

大人になってからの新幹線って、
楽しいだけのものじゃないですからね。 (^^;)






大阪市は港区、
JR弁天町駅に隣接する
交通科学博物館を探訪中。

↓湘南電車
k-8
80系電車と呼ばれる車両。国鉄が最初に投入した
長距離旅客運搬用電車車両なのだそうです。
東海道線の東京~小田原・沼津間を走っていたことから
「湘南電車」の愛称で呼ばれていました。
神奈川県の東海道線沿線で育った僕にとって
電車といえば、この緑とオレンジで塗られた車両のことでした。

まさか大阪でこのカラ-リングに出会えるとは
思いもよりませんでした。ちょっとうれしい。

↓特急電車
k-9
ちっちゃい子供の頃、
ものすごい速さで駅を通過していく特急電車は
みんなこのベ-ジュのボディーにアズキ色の帯が入った
国鉄の特急色のカラ-リングでした。
コノ色の電車って近頃見かけなくなったなぁ。

と思っていたら、最新型の車両に特急色の塗装した
特急電車を一度だけ見かけたことがあります。

このノスタルジックな特急カラ-は
今でも在来線特急の象徴なのでしょうね。

↓寝台特急のヘッドマ-ク
k-10
その昔は定番とされていた
長距離移動の手段、夜行列車。
交通網の整備と発達による
旅客移動の高速化によって
いまや一部の高級寝台特級以外は
ほぼ廃止に追いやられてしまいました。

長い青い列車が駅を通過していく景色、
高校時代の学校帰りによく見かけました。
なんだか懐かしい気分になります。

↓青函連絡船・八甲田丸(模型)
八甲田丸模型
旧国鉄時代の今は無き青函連絡船。
電車や貨車を丸ごと詰め込んで
津軽海峡を渡っていた大きな船です。
青函トンネルの完成により引退へ。
時代の移り変わりの象徴のひとつですね。

八甲田丸は、実物に乗ったことがあるので
なんか懐かしいです。

↓青函連絡船・八甲田丸(実物)
八甲田丸実物
青森市の青森港に接岸し、
今は博物館になっている
本物の八甲田丸。

現役時代の八甲田丸じゃなくて
引退後の八甲田丸に乗ったことがあります。
(自慢しても得はしない気がする・・・)

↓モ-タリゼ-ションの進化
k-12
汽車から電車へ時代は変わり
鉄道から自動車へと輸送手段が
移り変わる過程とその時代の流れが
ココでは実物を並べて展示してます。
実物をじかに見ながらというのが
一番理解しやすいんですよね。

↓国鉄高速バス
k-11
一連の鉄道の歴史を見てきた
最後のほうに国鉄高速バスが出てくると、
ある種の違和感を感じてしまいます。

一国の鉄道経営を草創期から支えてきた
国営の鉄道会社が、旅客移動を奪い合う
「高速道路」で「バス」を運行、ですから。

今や当たり前のものですが、流れを見た後だと、
コレこそ大きな時代の変化の具体例なんだなぁ
と、改めて考え入ってしまいました。

別にそんなに気にしなくてもいいことなんですが・・・







関東の埼玉県大宮市にある鉄道博物館は、昨年の創業以来、
じわじわと浸透しつつある鉄道ブ-ムを追い風に、
予想を上回る集客を達成している。という話を聞きました。

個人的には、東京神田のはずれ(ほとんど秋葉原)
にあった交通博物館のほうがよく覚えています。
小学校の卒業遠足で初めて行った交通博物館は
乗り物大好きな少年にとっては、
夢のような楽しい博物館でした。

大阪へ用事で出かけた帰り道
環状線で弁天町駅を通りかかったとき、
なんだかものすごく懐かしい雰囲気を感じてしまいました。

↓コレがすごく気になって・・・
k-1.jpg
前に何かで見たことがあった
JR西日本版の交通博物館です。

どうしよう、時間はある。カメラも持ってる。
迷いましたが、今コレを見ていかずに
後で後悔するよりゃあかましだろう!!!
鉄道ファンではないんだけれど、
博物館とかが大好きな僕としては
目の前にあるコレはぜひ見て行きたい!!!
というわけで途中下車。

JR弁天町駅
k-2
ココが最寄り駅。

交通科学博物館エントランス
k-3
初めて来ましたが、ちょっと懐かしい雰囲気。
(関東人の交通博物館に対するノスタルジーです)

ココからは収蔵品で行きす。

1800形蒸気機関車
k-4
明治13年に京都-大津間で初導入されて以降
大正初期から昭和のはじめまで日本中で活躍した
イギリス製の蒸気機関車なのだそうです。

↓D51とC62
k-5
日本の蒸気機関車中もっとも多く製造されたD51と
日本の蒸気機関車中最強の出力を誇ったC62、
(たしかそうだったと思うんですが)
両方をいっぺんに眺められる場所は
そうそう無いでしょう。

↓すごい!!!
k-6
歴代機関車のヘッドプレート。
そのひとつひとつがどんな汽車で
どこを走っていたのかはわかりませんが
多くの種類の動力車が存在していたことが
このプレートの種類から伺えます。
鉄道の歴史の一部がココに凝縮されています。

↓転車台(模型)
k-7
蒸気機関車はバックが出来ません。
がから転車台で方向転換をする必要があります。
コノ転車台の実物を見たことがある方は、
いまはそんなにいらっしゃらないでしょう。

僕は見たことがあります。

国鉄時代の東海道線国府津駅(神奈川県)には
こんな形の転車台がありました。
蒸気機関車はとっくに走っていませんでしたが
子供の頃のおぼろげな記憶の中には、
国府津駅の扇形の建物と線路が乗った
丸い台があったのを確かに覚えています。
模型を見ててものすごく懐かしい気持ちになっちゃいました。


















ス-パ-で買い物中に見かけたモノ。

カワハギなんですが、
調理しやすいように
あらかじめ皮を剥いであるものです。

コノ表記で売っているのは
はじめて見ました。

↓マルハゲ
E-410 2032
関西独自の表記なんでしょうか?
それともこのス-パ-のシャレなんでしょうか?
おもしろいネ-ミングですよね。

・・・マルハゲは買わなかったんですけどね。
デジカメの動画撮影機能を使って
だんじりが動くところを収めて来たので
どうにかこうにか動画をアップしました。

だんじりの空気が
少しでも伝わるでしょうか・・・

だんじり


やりまわし


↓おまけ。岸和田モノ②




>> Read More
駅前の交差点をだんじりが回ってきます。

↓遠くで出発待ち
だんじり⑧
商店街入り口で一旦とまって、
見物客に向け口上を述べ、
出発の花火と花吹雪を浴び
商店街を一直線に走り出します。

だんじり
だんじり⑨
山車前部の長い棒、コレは前梃子と呼ばれるもので
このヒノキの棒をコマ(車輪)にあて、速度を調整。
やりまわしの際はカ-ブ内側の前梃子を押し込んで
山車を回します。大変危険な役割のため
担当者は熟練者に限られるのだそうです。

↓大工方の皆さん
だんじり⑩

だんじり⑪

だんじり⑫
だんじり曳航の花形、屋根の上で跳ね踊るのが
この「大工方」と呼ばれる役割の方。
速い速度で走る、曲がるを繰り返すだんじりの
屋根の上で踊る危険な役回りですが、実は、
前方が見えない山車後方の舵取り役、後梃子
の担当者に向け進行方向を指示するのも仕事です。
危険を伴う重要な仕事を担いつつ、しかも華がある。
だれもがこの屋根に立てるわけでは無いのでしょうね。

↓前進中
だんじり⑬
岸和田市のだんじりは、各地区の各町に存在し
その総数はHPによるとなんと82台になるそうです。

その各町会が待ちぐるみで役割分担して
毎年祭礼での曳航を行うのだそうです。
コレだけ都会の岸和田市に
コレだけ地域の結束を必要とする
大掛かりな祭りの風習が残っているんです。
地域の結束っていうのは、
人情深い町の空気が無ければ
存続しないものですよね?

岸和田っていいところなんですね。










岸和田だんじり祭り
関西以外にお住まいの方も
大きな山車が高速で街角を曲がっていく
迫力満点の「やりまわし」の映像を見たことは
少なからずあることと思います。

テレビのニュ-スに取り上げられるのは
9月におこなわれる岸和田地区・春木地区
(岸和田市の繁華街、だと思います、ですよね?)
の9月祭礼と呼ばれる大きな大きなお祭り。
9月はうまいこと見にいけませんでしたが

岸和田だんじり祭りは、10月にも祭礼があります。
10/11(土)が宵宮、10/12(日)が本宮でした
今回は宵宮でのだんじり曳航を見物するため
午後の曳航開始時間に合わせて岸和田入り。

↓場所はココ
だんじり①
JR久米田駅近隣。岸和田市八木地区
のだんじりを見物に行ってきました。
コノ日は岸和田市内の7つの地区
だんじりの曳航が行われることになっており。
その中でも、ココは駅前の商店街を曳航するので
運がよければ、大きな曲がり角でのやり回しを
身近に見られそうだ、と思って行って来ました。

↓メインストリ-トへ
だんじり②
既に見物の場所取りは始まっており
やりまわしが行われる駅前通りの交差点は
プレスと行事関係者以外立ち入り禁止。
そう、危ないんですよね総重量4t以上のだんじりが
スピ-ドに乗ったまま直角に曲がっていくんですから。

↓撮影班スタンバイ
だんじり③
地元岸和田市のCATVの撮影班でした。
さすがは正規の取材班、
めちゃめちゃいいところに
カメラ構えてました。
うらやましい。

↓岸和田モノ
だんじり④
だんじりは各地区の各町にあり
町ごとの法被(はっぴ)の紋があります。
コレはその紋を焼印げ木札に押したもの。
法被を着てる人(関係者の方)が
首から下げているのをいっぱい見ました。
ちょっとカッコいいですよ。

↓お腹減った。
だんじり⑤
たこ焼き8個で200円(2個食べた後です)
ビ-ルとあわせても500円しない。
大阪はどこへ行ってもたこ焼きが安い。
とってもうれしいです。

↓曳航開始
だんじり⑥
開始のアナウンスとともに
たくさんの風船が放たれ
曳航開始です。

↓だんじり登場
だんじり⑦
遠くの角を曲がってやってきました。
さあ来るぞ!!!

続きは次回。






西宮神社を探訪中です。

手水場のところで左へ折れると
すぐに拝殿にたどり着きます。

↓拝殿
えべっさん⑧

えべっさん⑨
立派な拝殿にちゃんとお参り。
商売繁盛の神様ですから
思わずこんな願掛けを・・・

「商売繁盛!金運招来!!」(笑)

↓本殿
えべっさん⑩
大きくはないけど厳かで綺麗で立派な本殿。
参拝のご利益がちょっとでもあればいいのですが・・・

↓伊勢神宮遥拝所
えべっさん⑪

えべっさん⑫

毎年10月17日に行われる神宮際
その際にはココから伊勢神宮に向け
ココで遥拝(離れた場所から拝む事)
が行われるのだそうです。

西宮神社は年間を通じて神事・祭事
かなり多い事がわかりました、お祭りや神事の数々、
いろいろ見てみたいですね。

↓庭園
えべっさん⑬
西宮神社には広い泉水を配した庭園があり
一休みできるお茶屋さんがもあります。

あ、お茶屋さんの写真撮ってませんでした・・・

↓縁起モノ。
えべっさん⑭
池には大量の亀と鯉がいます。
ものすごい数の縁起モノたちが
人を見ると寄ってきますよ。

西宮神社のお祭りは、1月の十日戎が有名です
来年は本社西宮えびすの十日戎に行ってみよう!
・・・行けるかな?




西宮神社に行ってきました。

↓えべっさん筋
えべっさん①
国道2号線から南へ向かう通り。
えべっさん筋という名が付いています。

関西を中心に、商売繁盛の神様
として崇められる福の神「えべっさん」。
全国に3500社以上あるといわれる
えびす神社の総本社がココです。

↓ココです。
えべっさん②

えべっさん③
この南門をくぐった中に駐車場があります。
神社の立派な社門を車でくぐれる神社、
なかなか無い気がします。(個人的感想)

西宮のえびす神社といえば
十日えびすの「開門神事福男選び」
が有名ですね?
正月十日未明の開門神事は
ココからスタ-トするそうです。

↓表大門
えべっさん④
表大門から直進し、大きくS字にカ-ブする
屋台でいっぱいの参道を挑戦者たちが疾走し
拝殿に至る映像は、ご存知の方も多いはず。

そのル-トも、普段の景色は
静かで落ち着いた景色です。

↓南大門を入ってすぐ
えべっさん⑤

↓まっすぐ行くと社務所
えべっさん⑥
最初の角を曲がったところ。
思っていたより広いんですね。

↓手水場
えべっさん⑦
商売繁盛の福の神さまも
平日の午後は穏やかで静かです。
昼下がりの木陰がいい感じ。














中之島の南側、肥後橋の東側から
難波橋近辺までの北浜という地名。
わかる人にはわかるでしょう。この北浜は、
東京の兜町と並ぶ西日本の証券取引の拠点です。
付近には名だたる銀行、証券会社がひしめきます。

大阪の、近畿地方の、西日本の経済の中心地
日本経済の実質半分を動かしている場所。
(証券ド素人にとってはそういうイメ-ジの場所)
それがココにありました。

大阪証券取引所
大証①

大証②
石造りの建物は旧施設、
本体は後ろのオフィスビルです。
ここで行われる数々の取引が
日本の経済に深く関っていくわけです。
そう思って見ると凄い建物だ・・・
そう思えて来ないですか?

天神橋
天神橋②
中之島に架かる2本の一本橋
そのうちのひとつが天神橋。
西から眺めてきた中之島の橋
その最後の一本です。

天神橋①
大阪市北区をまっすぐ南北に貫く
天神橋筋がここから始まります。
(地図で見る限りはそうなっていますよね)

ココへ下りたかったんです↓
天神橋③
天神橋も、橋の中間点から
中之島公園に下りられるのですが
ココもまた整備工事のため立ち入り禁止。
残念だなぁ・・・、きれいになった中之島公園に
最大限期待して待つことにします。

↓南が上
中之島全景

中之島周辺を見に行った一日で
8日間も記事を引っ張ってしまいました。
でもまだまだ記事が書ける位見所満載です。

中之島散策のなかなかいけます。
お試しを。

↓余談






















>> Read More
大阪市中央公会堂
中央公会堂①

中央公会堂②
1918年(大正7年)完成。
大阪の相場師がアメリカの文化に感銘を受け
私財をつぎ込んで中之島に集会施設を作った
というのがこの建物のあらまし。

大正時代の建築物、
この日は中を見るまでには至らず。
今度はこういう歴史的建造物を
ちゃんと見に出かけなくちゃいけませんね。

2002年に国の重要文化財に指定され
それにあわせて耐震・再生工事を施し
建物本来のイメ-ジを壊さぬよう
高度な保存整備がなされており
夜はライトアップもされています。

難波橋北詰
難波橋②

難波橋①
中之島では2本だけ、旧淀川の
堂島川、土佐堀川を一本の橋で渡す
そのうちのひとつ、堺筋を渡す難波(なにわ)橋

橋の北詰、南詰両端に一対づつ、
二対、四体のライオン像が狛犬のように置かれ、
「ライオン橋」とも呼ばれるのだそうです。
ちなみにライオンは北詰、南詰両方共、
ちゃんと「あ ・ うん」の対になっています。

↓南詰
難波橋⑤

難波橋⑥
南側から歩いてくると
すごく眺めがいい橋です。

橋の中間地点。
本当は、ココからバラ園などがある
中之島公園に入れるのですが、
現在中之島公園は整備工事のため
立ち入り禁止になっています。

↓こんな具合
難波橋③

難波橋④
工事は2009年3月いっぱい。
来年春には新しい中之島公園に
お目にかかれる事になっています。

でも、今の中之島公園にも
入ってみたかったなぁ・・・。

















中之島の東側、御堂筋が通る土佐堀川に架かる淀屋橋、
その北側、淀屋橋と対になる堂島川に架かる橋
それがコレ。

大江橋
大江橋①

大江橋②
デザインは同じです、
淀屋橋側は景観保護条例があるそうで
ビルの高さがピタっと揃っていて
空が大きく見えるいるのに対し、
大江橋側には高層ビルが多く立ち並び
阪神高速の高架が上を走っていることで
ちょっと圧迫感を与えている気がします。

大江橋は、中之島に架かる同じ御堂筋の橋なんですが
淀屋橋のほうが名が知られているのだそうです。
二つともすごくいい雰囲気の橋なんですよ。

大阪市役所
大阪市役所
日本銀行大阪支店の
御堂筋をはさんだ向かいにあります。
水都大阪の行政の中心地がココ。
夏場は建物の周辺で、
ミスト散布の実験を行ってました。

水晶橋
水晶橋②

水晶橋①
正しくは堂島川可動堰、1929年(昭和4年)完成。
1982年(昭和57年)に改修工事で
歩行者用の橋となったそうです。

土佐堀川側の可動堰(錦橋)同様
旧淀川の水質改善に貢献した
歴史をもっているのだそうですよ。







大小20本以上の橋が架かる中之島です。

橋には戦前から架かる堅牢な石造りのものや
重厚で歴史を感じさせる大きな橋も数多く
それらの橋を眺めて来ることが、
この日のイベントのひとつでもありました。

肥後橋
肥後橋
土佐堀川にかかる
四ツ橋筋を渡す肥後橋
肥後?熊本?
何故その名が付いたかというと
昔、中之島に肥後熊本藩の
藩邸があった事に由来するのだそうです。

そういえば中之島には、
筑前橋、越中橋など、大阪以外の
地方の名が付いた橋があります
同じような理由なんでしょうか?
(・・・調べてませんでした)

錦橋
錦橋①
正式には土佐堀川可動堰。
昭和6年に完成した橋だそうで
現在可動堰としての運転は休止中。

↓橋の上
錦橋②
橋にはプチギャラリーともいえる
大阪の橋をモチ-フにした
装飾が施されています。

正面は朝日フェスティバルホール
有名なコンサートホールです。
壁面の装飾を借景にすると
妙にハマる画になりますね。

淀屋橋
淀屋橋①

淀屋橋②
大阪市のメインストリート
御堂筋を渡す土佐堀川側の
石造りの大橋。淀屋橋です。

もともと橋の名だったものが
今は、淀屋橋といえば中之島の南、
船場周辺のオフィス街を指すエリア
の名前として認知されているのだそうです。

淀屋橋の北詰めにはコレがあります。

日本銀行大阪支店
日本銀行
1903年(明治36年)の完成。

長い歴史を持つ重厚な建造物、
その上見事な造形です。
ココを通るたびに見ほれてしまう
そんな建物です。







中之島の真ん中あたり、土佐堀川にかかる筑前橋の袂に
大阪市の文化を彩る二つのミュージアムがあります。
見ごたえ充分な文化施設、美術館と科学館のタッグ。

↓それがコレ。
中之島③-3

国立国際美術館
中之島③-4
もともとは万博記念公園にあった美術館が
2004年に中之島に移転したものなのだそうです。
真新しくピカピカな曲線で構成されたエントランス
施設は地下に納められています。
セザンヌ、ピカソ、ウォーホールなど
時代も国際色も豊かな収蔵品を擁します。

大阪市立科学館
中之島③-5
大阪市の市政100周年事業として1989年に開業
わかりやすく体感する科学を主体とした展示と
大きなプラネタリウムに3Dオムニマックスシアタ-
というわくわくするアトラクションが詰まってます。

僕にとっては困ったことに、
動物園や水族館とならび、博物館・美術館の類は、
並んでいる展示品に片っ端から引っかかるので
入ったら最後なかなか出てこれないところです。

美術館は、写真撮影できなさそうなので
今度改めて引っかかりに来ることにして、
この日は科学館をちょっとだけ覗きました。

↓東洋最古の人造人間
中之島③-6
2008年7月から公開が開始された
東洋の人造人間、「學天則」のレプリカ。
コンピュ-タ-どころか電子計算機すらない時代に
カムと歯車と圧搾空気だけで滑らかな人間の動きを再現した
1928年製の機械装置をそのまま再現したものなのだそうです。
本当に滑らかに動きます。

↓現代日本の最先端ロボット
中之島③-7
中之島③-8
こちらは最先端の自律式作業機械。
まったく面がそろっていないキュ-ブパズルを
各6面を画像認識、最速で6面をそろえる計算の元、
あと何手で揃います、というカウントダウンとともに、
グイグイグルグルとキュ-ブを回していき、
あっという間に6面を揃えるという
最先端のデモンストレ-タ-です。

科学系の博物館も美術館も、
一日中眺めていられるほど大好きです。
この二つだけで丸一日潰せそうなんですが、

この日はあきらめて次へ行きました。




中之島を通るなにわ筋

・・・念のため、
関西以外にお住まいの方へ
大阪市で言う"筋"とは
南北に走る大通りのことをいいます。
御堂筋、堺筋、などの大通りが有名です。
東西に走る通りはそのまま“通り”
と呼ばれるようです。

なにわ筋を渡す中之島の橋があります。

常安橋
中之島③-1
中之島の南側が常案橋。

玉江橋
中之島③-2
中之島の北側が玉江橋。

デザインが同じです。

余談ですが、
玉江橋の向こうに見えるのが
大阪のテレビ朝日系放送局、
朝日放送(ABC)の新社屋。

↓近景
中之島③-2-1
中之島③-2-2
僕が関西に引っ越して来た時から
社屋移転を知らせるテレビCMが
毎日何本も流れていました。
大阪らしいとっても笑える内容だったので
ものすごく印象に残っています。
2008年5月19日より
新社屋が運用開始。

ココに引っ越してきたんですね。

↓旧社屋
中之島③-2-3
ABC旧社屋は西梅田、
この電波塔はJR大阪駅近辺から
いつでも見られます。
撤去されるんでしょうか??

ABC製作の番組には
面白い物が多いので
ちょっと入れ込んでます。

本題より余談の方が長い・・・。




中之島西側でひときわ目を引く
巨大な建造物があります。
堂島大橋の袂にそびえるのが

↓コレ
中之島②-2
大阪府立国際会議場」愛称は「グランキュ-ブ大阪」

↓案内板
中之島②-1
世界規模の大きな会議はもちろん
ボクシングの世界戦や、プロレスの興行
同人誌の即売会までこなすという
大変に懐の広い建物なのだそうです。

↓エントランス
中之島②-3
1、2階ぶち抜きのすごいエントランス
建物のデザインは、なんと!あの世界の巨匠、
黒川紀章氏によるものなのだそうです。

↓隣にはコレ
中之島②-4
隣接するリーガロイヤルホテル大阪とは連絡通路で直結、
会期の限られた会議等の、参加者の効率的な宿泊にも貢献しています。

リーガロイヤルホテルは日本の名門ホテルのひとつ。
このリーガロイヤルホテル大阪はその本店です。

スーパーでリーガロイヤルホテルブランドのバターなどを売ってますよね、
高いんですが、個人的には一度位味わって見たいもののひとつです。

↓グランキュ-ブの後姿
中之島②-6
屋上にはヘリポ-ト、
国際的、政治的な会議にも
対応する会議場が街中にドンとそびえます。
ちょっとかっこよく見えてきました。

↓堀川沿岸クレーン祭り
中之島②-7
中之島沿岸は
土佐堀川側も堂島川側も
ところどころでマンション建設が
おこなわれています。
こんなめちゃめちゃな高さの
クレーンがそこココで見られます。

・・・クレーンのディテールとかって、
皆さん、あんまり興味無いでしょうね。



大阪市の中之島をご存知でしょうか?
旧淀川の堂島川と土佐堀川に挟まれた
東西に細長い中洲の土地です。
何度かテレビで取り上げられているのをみました。
大阪市の中でも、文化の中心となっていた部分が多く
古い建築物が保存されていたり、味のある橋が多かったり
過去に何度か自転車で通過したことがありますが、
お?っと目を引くものが多かったのを覚えています。
なので、まえまえからじっくり見て歩きたいなぁ、
と思っていました場所でもありました。

↓中之島西入り口
中之島①-1
阪神高速3号線神戸線、中之島西入り口。
中之島の、文字通り西の端っこにあります。

↓中之島西端、堂島川側
中之島①-2
自転車で、中之島の西端から
いろいろ眺めつつ、東の端まで
ぶらぶらと見て歩きをしてきました。

堂島大橋
中之島①-3
中之島①-4
味のある橋です。
昭和2年に市電用に建築された橋
なのだそうです。

↓堀川に運搬船
中之島①-5
石造りの古い橋の下を、ゆっくりと
運搬船が通り抜けていきました。
なんだかいい画になっていました。
このまま川を眺めていたい気分です。

そうもいかないので、次へ行きますけどね。

↓工事がやたら多い・・・
中之島①-6
それもそのはず、
現在中之島は
京阪電車の中之島乗り入れを控え
地下路線建築工事の真っ最中。
テレビでも(関西ロ-カルですが)
バンバンCMを流しています。

もちろん、そのCMも中之島見物のきっかけのひとつでした









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