再転勤で関西を去ってしまった、関東人の管理人が、それでもまだまだ出てくる「初めての関西」をこっそりとレポ-ト中。

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↓視界ゼロ

以前に、ほんのちょこっとだけ
ご紹介した掬星台での夜景の
信じられないていたらく

なんとかして、阪神沿岸の
綺麗な夜景を撮りに行きたい!
と思っていた頃がありまして、

実を言うと、それには
リベンジを決行した
という過去が
ありました。

でも、相変わらず写真が下手で
コレをご覧頂くのははたして
どんなモンだろうと思い、

今まで仕舞い込んでいましたが、
もう出すものも無くなったので、
この際ですから、蔵出しします。

↓大阪湾方面
2_20120727223230.jpg
開放シャッターを使ったんですが、
なんでだか、微妙に光量が足らず
色は全てオレンジ掛かっており
自信を持ってお見せするような
写真ではなくなっちゃいました。

↓西宮から芦屋のあたり
3_20120727223230.jpg
ちゃんと三脚使って撮影しても、
これが僕の写真の実力なんだ、
と思い、仕舞っていましたが、
阪神湾岸の夜景を撮った写真は
コレだけなので、最後の最後に
思い切って出してしまいました。

↓神戸港
4_20120727223229.jpg
一月末の午前3時くらいに、麻耶山ではなく、
六甲山の展覧台へ行って誰もいない真っ暗な中で
1回30秒から60秒の開放シャッターで撮影した
阪神沿岸の夜景をさつえいしてみた写真がコレです。

寒い思いして、誰か来たら絶対変な人だと思われる、
というちょっとした葛藤の中で撮影した夜景の写真。
わざわざ出さなくてもいい、出すのが少々恥ずかしい
そんな写真なんですが、今となっては、もう出来ない
ちょっとした思い出の詰まった写真だったりもします。

寒さに震えながら、人が来たら嫌だなあ、
などとも思いつつ、缶コーヒーを片手に
この夜景に圧倒され、四苦八苦しながら
約1時間近く、夜景を撮影していました。

阪神の夜景、神戸の夜景撮影は、
今も、その圧倒的なスケールを
軽く身震いしながら思い出す
そんな経験になっています。

コレを超える夜景は、東京で
スカイツリーにでも登らなければ
絶対に見る事は出来ないと思っています。
だから、スカイツリーには、ちょっとだけ、
登りたくないなあ、などと思ってたりします。

僕の頭の中ではまだ、
神戸の夜景のほうが
絶対綺麗なんだから。

↓そんな1000万弗の夜景の思い出。
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6月初頭に、僕が住んでる
神奈川県の県庁所在地、横浜の
開港記念日のイベントがあって、

初代日本丸の総帆展帆と、
現役の本物の日本丸(Ⅱ)を
同じ日に同じ港で目にしました。

↓日本丸(Ⅱ)
2_20120616210817.jpg
そういえば、本物の日本丸(Ⅱ)を
最初に見たのは、神戸港だったなあ、
と、あらためて思い返し、その時の話を
あらためてほじくり返してみる事にしました。

↓日本丸と海王丸
1_20120616210817.jpg
折しもこのときは、神戸市で発生し近畿に蔓延した
新型インフルエンザが猛威を振るった直後であり。
騒動は終息したものの、風評の影響を強烈に受け、
観光客の数が劇的に減少した6月の事でした。

観光収入も減収の一途をたどった神戸市が、
観光客を呼び戻すべく、正に逆転の発想で、
観光名所の入場料金や観光施設の利用料金を
期間限定で大幅値下げを断行し、赤字覚悟の
大盤振る舞いを行った、そんな時期の事です。

↓1クルーズ・500円!!!
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神戸ベイクルーズが全航路半額の破格。
風評を乗り越えるべく撃ち出された
苦肉の策の期間限定価格でしたが、
そのお値段に手を引かれ、まんまと
神戸観光に乗っかって来ました。
今となっては経験できない価格です。
お陰でベイクルーズを堪能出来ました。

その時の話題を、
オマケも含めて
ひとまとめ。

初めての関西。 ⇒ 神戸ベイクルーズ ①~④

お値段に惹かれはしましたが、
その期間限定値下げ断行の事は、
当時の転勤先で、周りの人々に
散々吹聴してまわりました。

転勤族の関東人が、
一生懸命神戸をお勧め。
がんばって啓蒙したんだよん。 (^^)v

↓神戸に行こう! 神戸はたのしい!! 間違いない!!!
兵庫県の有名な温泉地、有馬温泉。

↓源泉
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けっこう狭い範囲に
まったく泉質が違う源泉が
どかどかと存在しているので
全泉コンプが不可能な感じです。

当時、転勤で関西入りしたばかりの
神奈川県民の僕にとって、それは
箱根を髣髴とさせる温泉地の存在で、
妙に親近感を覚えたりしておりました。

↓公衆浴場・金泉
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鉄分が強い茶褐色の温泉・金泉。

↓公衆浴場・銀泉
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さらりとした透明な温泉の公衆浴場・銀泉。

様々な泉質がある有馬温泉の
代表的な泉質である2種類が
公衆浴場として存在するので、
初めての有馬温泉も満喫可能。

親近感と、温泉自体の立地の面白さで
めちゃめちゃ好きになったのが有馬温泉。
出来ればどこかで一泊したかたのですが、
その夢はかなわず仕舞いでおわりました。

出来れば、ちゃんと泊まって
温泉を満喫してみたいと、
いまでも思っています。

そんな有馬温泉へ
はじめて出かけた時の
お話をまたもやひとまとめ。

初めての関西。 ⇒ 有馬温泉へ ①~⑤

思い出すだけでも、惜しい事をした、
有馬温泉宿泊未経験というこの事実。
いつか夢はかなうのでしょうか?

↓有馬温泉は、とってもいいところです。
神戸市立須磨海浜水族園 。
1957年開園、1987年に
現在の施設に移設された
大規模な水族館です。

↓須磨 海浜水族園
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アクリル製のトンネル水槽を
日本で初めて導入した水族館で、
兵庫県の海水浴場、須磨に隣接し
集客の目玉だった施設でもあります。

↓イルカショー
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興味深い展示内容や、大きな施設、
元気なイルカショーなどなど
見所はもりだくさんです。

その時のお話が↓コチラ。

初めての関西。 ⇒ 須磨・海浜水族園①~④


海水浴場の近くに水族館がある、という
江ノ島に良く似たシチュエーションが
神奈川県民の僕にはとっても親近感。

尼崎からはちょっと距離があったので
なかなか頻繁には通えませんでしたが
もっと近所にあったらそれこそ
入り浸っていたことでしょう。

↓尼からは。海遊館のほうが近かったんですよねえ。(^^;)
僕が関西に転勤になったその年に、
全国的に名を知られた有名な鉄橋が
解体される事になるというニュースが
流れていて、ソレは兵庫県にあるのだ
というのを、その時初めて知りました。

その有名な鉄橋というのが、
タイトルにある通、こちら。

餘部鉄橋
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餘部鉄橋です。
現在は、橋梁が架け替わり
2010年から鉄筋コンクリート製の
新しい橋梁が開通しているのですが、
僕はもう、新しい橋の完成を
気軽に見に行ける距離には住んでません。
どう替わったのか気になるところですが

↓山陰本線・余部橋りょう
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餘部鉄橋の風情は、やっぱり、旧橋梁ですよ。
100年間使用された鉄道遺産・餘部鉄橋。
今は写真の中で、しかも、既に工事を開始した
2008当時の姿しか拝む事が出来ませんが、
見上げる高さに電車が走っていたその光景は、
なかなか簡単には忘れる事ができません。

そのときの模様を
あらためてひとまとめ。

初めての関西。 ⇒ 餘部鉄橋①~④ 他

※一部、鉄橋以外の話題も含みます、ご容赦下さい。

僕は鉄道ファンではないのですが、
コレは、見ておいてよかった、
と今も思わせる風景です。

↓今は無き、かつての鉄道遺産の風景。いかがでしょうか?
それは、神戸はのポートアイランドにある
大型温室の屋内テーマパークです。

↓ 神戸花鳥園 
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最初の感想は、
埋め立て地の端っこに
ちょっと大きな温室があって
花が咲いていて、小鳥も飛んでいる。
ソレって、なんか退屈かもしれないな~、
などと、かなり適当に考えて出かけたのが

↓滝のような花の風景
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行ってみてビックリ。
退屈なんて全く感じません。
植物園がこんなに面白いのか?
という驚きいっぱいになりました。

↓オオハシ
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大きいけどけっこうかわいいオオハシ

↓サイチョウ
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たたずむ姿は正に怪鳥。
でも主食はフル-ツ、
というサイチョウ

このオオハシやサイチョウなど、
大型の鳥に自分の手でエサを与えられる
という面白いアトラクションもあります
絶対に体験していただきたい!

その模様は↓コチラでどうぞ。

初めての関西。 ⇒ 神戸花鳥園 ①~③

冬にしか行く事が出来なかったので
夏がどんな風になるのか、謎のまま。
真夏はガマン大会のアトラクション、
にはなっていないはずだと信じています。(笑)

↓神戸花鳥園、ぜひ一度お出かけを。
今思い返しても、一気に当時を思い出せる
めちゃめちゃ面白かった淡路島での1日。

↓ザッツ・アワジシマ
AS-TIZU.jpg
夜明け前から走行を開始し、
早朝の鳴門の渦潮見物を皮切りに、
山肌を埋め尽くす水仙郷、淡路島牛丼
古事記・日本神話に深く関わる伊弉諾神宮や
兵庫県南部地震発生時に生じた活断層跡の保存館、
明石海峡大橋の淡路島側アンカレイジと
壮大な明石海峡大橋を眺める風景、
タコフェリーでの帰り道まで。

まるでアミュ-ズメントパ-クのように
カテゴリーの全く違う豪華な見所が
次々と、てんこ盛りで現れる、
全く飽きない場所でした。

その時の模様、よろしければコチラでご覧下さい。↓

初めての関西。 ⇒ 淡路島縦走ドライブ ①~⑧

コレは、2009年2月の事でしたが、
いまもそれほど変わってはいないはず。
他にも名物の料理や、温泉も良質です。
淡路島、出来るならお出掛け頂きたい。
行けばその面白さがわかる!
かもしれません。

↓淡路島、いかがでしょうか?
コレは17年前に止まった時計。
止まった時間は、午前5時46分。
1995年1月17日未明の出来事です。

↓マリーナの像
ma.jpg
昨年は、神戸の未曾有の大震災を、規模で凌駕する大きな地震があり、
副次的な震災と構造的な人災が幾重にも重なり未だ終息を見ない、
関東東北沖地震の発生に伴う東日本大震災。東日本の3.11も
忘れてはいけない日になりつつありますが、今も苦難の日々が続く
被災地に救いの手を差し伸べる様々な対応策とノウハウの多くが、
兵庫県南部地震に伴う阪神淡路大震災発生後の回復期に、
被災地の現場で培われたものである事は
未だ忘れることは出来ません。

他にも言いたい事は山ほどあるけど、ソレは、
僕が口にしてはいけないことでもあります。

だから、今年も
あえて多くは語らず、

きょう、この日は、
忘れてはいけない日。
神戸の1月17日。
震災の犠牲者の皆様に、
心からの哀悼の意を捧げます。

↓神戸にありがとう、そして、頑張ろう東日本。
12月14日というと思い出すのは
なんといっても「忠臣蔵」の物語。

忠臣蔵自体は、元々歌舞伎の演目でしたが、
その物語の元になった「元禄赤穂事件」は
ご存知の通り、300年以上前に起こった
平穏に慣れた当時の社会を大きく揺さぶった
歴史に名を残す超が付くほどの大事件でした。

↓播州赤穂
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その忠臣蔵の物語で語り伝えられる赤穂浪士達は、
赤穂事件の引き金である松の廊下刃傷事件により
取り潰しとなった、現在の兵庫県赤穂市にあった
播州赤穂藩の浪人達であった事は、関西の方には
今さら説明しなくてもお解りの事と思います。

↓大石神社
2_20111217224033.jpg
この大石神社は、旧赤穂城内の
赤穂藩筆頭家老、大石内蔵助良雄の
屋敷跡に建てられた赤穂浪士を祀る神社。
大石が、君主・浅野長矩の江戸城内刃傷事件と
即日切腹の報を受け取り、その後に続く浪士たちの
長く続く苦難の物語の起点となったのが、まさにココ。

↓大願成就
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苦難の道のりを超え、君主の仇を討つという
大願成就を成し遂げた赤穂浪士達を祀る神社は
大願成就の願掛けを受ける神社として名を馳せます。

出かけたのは、カレンダー的に、赤穂事件には
ほぼ関係ない6月の事だったのですが、
年間が近付いて忠臣蔵の話題が出ると、
12月14日になると思い出すのが
赤穂へ出かけたたった1日の事。

そんな赤穂のお話を、今回もひとまとめ。

初めての関西。 ⇒ 赤穂でサイクリング①~④

そしてもうひとつ、
12月14日といえば、
東京、品川・泉岳寺です。
という訳で、コチラもドウゾ。

海老名と厚木と神奈川県 ⇒ 泉岳寺・義士祭

大願成就の後、浪士達は全員切腹が申し渡されます。
忠義を果たし、潔く散ったその生き様に対して、
武家社会が既に形骸化し、平穏で退屈で
不満に満たされていた当時の江戸庶民は、
多くの人が惜しみない賛辞を送り
300年を超えた現在にまで、
その物語が語り継がれて来ました。

時代こそ違いますが、今、何かを
潔く決断する事ができるか?と問われたら、
僕は、すべてに躊躇する事請け合いです。
浪士たちの平均年齢は、30台半ばでした。
僕は、…ああ、もっと頑張らなきゃね。

↓今も日本を揺さぶり続ける忠臣蔵と、播州赤穂に、拍手!
今年ももうそんな季節なんですね。

KOBEルミナリエ2011が開催されました。

僕がルミナリエを実際に見られたのは
2008年、2009年の2回だけ。
昨年からは、関東に戻ってきたために
見には行けていませんでした。

↓2008年のスパッリエーラ
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今年、2011年の開催については
主催者団体、実行委員間で、長期にわたり
極めて慎重な検討が行われたのだそうです。

3・11の混乱が、今も日本中に大きく影響を及ぼし続けている
この時勢の中で、ルミナリエ自体を、例年通り開催すべきか否か、
という重い議論が続けられたそうですが、KOBEルミナリエの
開催目的は何か?という所に立ち返り、開催を決断したそうです。

KOBEルミナリエは、
阪神淡路大震災犠牲者への鎮魂と
都市の復興・再生への夢と希望を託し、
震災の記憶を、後世に語り継ぐと共に、
神戸の希望を象徴する行事、として
震災が発生した1995年の12月から
開始された、慰霊のための光の祭典。

↓2009年のスパッリエーラ
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その経緯を踏まえたうえで、今年、2011年のルミナリエは
神戸から、東日本大震災の被災地へ犠牲者の鎮魂の祈りと
復興支援のエールを送る行事、という新たな位置づけを得て
開催の運びとなったのだそうです。

僕自身も、震災直後、ちょっと窮屈になっていた今年4月頃まで、
神戸のルミナリエの写真や、1・17の慰霊祭の写真などを
繰り返し眺めて、ひたすら自分を勇気付けていました。

神戸はあきらめなかった。
だから立ち直ることができた。
その事実はコノ目で見てきた。

だから絶対に大丈夫なんだ、と。

僕は、今年のルミナリエを見に行けませんが。
今年もルミナリエが変わらず開催された事は、
遠くから、モノ凄く嬉しく思っていますよ。

↓神戸にありがとう、そしてまだまだ、これからも頑張ろう日本!

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