再転勤で関西を去ってしまった、関東人の管理人が、それでもまだまだ出てくる「初めての関西」をこっそりとレポ-ト中。

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ココへ行ったのは2009年5月、
関西では、新型インフルエンザが
猛威を振るっていた時期の事でした

↓ 滋賀県立琵琶湖博物館
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日本一の面積を誇る淡水湖である琵琶湖、
かつての都を支えてきた淀川水系の源流でもあり、
滋賀県、京都府南部、大阪府の大きな水がめで、
様々な人々の生活を支え、関西文化の礎の一部に
なってきたといっても過言ではない重要な水源です。

↓琵琶湖上空写真
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琵琶湖を中心とした古代から現代までの
様々な文化、生活、産業を網羅した
興味深い展示が並ぶ博物館です。
琵琶湖の生態系を再現した水族館があり、
外へ出れば、琵琶湖を一望出来る
絶景の眺望がどかんと付いてきます。
その展示をすべて総括すると、
圧巻ですらある幅広さでした。

面白くて盛りだくさんだった博物館。
ここは、本当にお勧めなんです。
出来ればまた行ってみたい。

そのときの模様はコチラ。
     ↓

初めての関西。 ⇒ 琵琶湖博物館①~④

琵琶湖周辺も新緑の時期。
外出するには良い陽気です、
琵琶湖へ出かけるついでに
琵琶湖博物館はいかがでしょう?

↓晴れた日の琵琶湖は、気持ちがいいですよね。
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思えば、初めて
コノ時期に出かけた
滋賀県の歴史的な名城、
国宝「彦根城」の話です。

↓彦根城・天守閣

地理は得意中の得意なんですが、日本史は
それこそさっぱりだった高校生時代を過ごした
歴史音痴の私も、関西に住むことになってから後は、
少しづつ、苦手な日本史を紐解くようになったりしました。

そのなかでも、とっつきやすかったのが、この彦根城。
ひこにゃんの存在は、大きく興味を掻き立てました。

ひこにゃんは、現在の東京都世田谷区豪徳寺で、
井伊直弼を落雷から救ったとされる白猫がモデル。
東京では当り前になっている商売繁盛の白い招き猫と
ルーツが全く同じだったりすします、この辺をきっかけに
彦根城と関西の戦国史にちょっとハマっていました。
そんな彦根城の話題を、改めて振り返ります。

初めての関西。 ⇒ 国宝・彦根城①~⑥など

↓彦根城、行ってみる価値は絶大です。
2009年7月下旬。そのときは、
遅い梅雨明け直前の晴れ間の1日。

行ってみて、初めてわかるこの街の面白さ。
県庁所在地にして琵琶湖リゾートの中心。
滋賀県・大津市のお話でございます。

↓びわこ花噴水
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大掛かりな「びわこ花噴水」があったり、

↓浜大津駅前
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京都から来た地下鉄が
いきなり路面電車になる
というエリアがあったり、

↓琵琶湖疏水
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明治の産業遺産、
「琵琶湖疏水」の
第一取水口があったり、

↓三井寺
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「不死鳥の寺」と呼ばれる
長い歴史がある古刹があったり、
もう見所満載てんこ盛りの大サービス。
ここだったら住んでもいいかも知れません。
と、いまでもちょっとだけ思ってたりしたりして。

↓ミシガン
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大型観光外輪船「ミシガン」に乗って
琵琶湖の南側を回るクルーズツアーも
飽きさせない楽しさ満載でした。

その時の模様を、またもやブログ内検索で
ひとまとめにしましたので、よろしかったら
覗いてみて下さい。ほんとに面白かったんです。

初めての関西。 ⇒ 大津でぶらぶら ①~⑧


今こそ琵琶湖リゾートもハイシーズン!
夏の大津は面白い!! 大津でぶらぶらを、ぜひ!!!

↓いまこそ大津へ、そしてぶらぶら。いいっすよ!
滋賀県にも独特のうまいものがあります。

近江牛丼
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彦根で食べた近江牛のステーキ丼
近江牛、地場の高級銘柄牛が
お手ごろ価格で頂けました。
かなり貴重な体験でした。

鮒寿司
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にごろ鮒と白飯を漬け込み発酵させた
飯寿司「なれ寿司」その代表選手がこれ。
魚の切り身と飯粒の見た目からは想像できない
チ-ズのような発酵食品の味、酒の肴には持って来い。
これを食べたことがなかったのは人生の損失の一つです。

・・・滋賀県、もっとたくさん出かけていれば
もっと美味しいものに出会えてたかもしれません。

なんか、惜しいです。

↓滋賀のうまいもんに、拍手!
↓世界文化遺産、比叡山・延暦寺。
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猛烈な坂道がたくさんあり、
参拝に行っただけなんですが
修行気分を味わってしまいました。

実際、比叡山の修行のメニューとしては
夜も明けぬうちから、山地に刻まれた獣道のような
暗黒の山道を、毎日全力疾走で駆け抜ける
という行も存在するのだそうなんです。
比叡山は、やっぱりすごいところです。

で、今回はその帰り道編です。

来るときは京都府京都市から来ましたが、
帰り道は、滋賀県大津市、坂本へ抜けます。

↓駅へ向かう道
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帰り道は、滋賀県大津市、坂本へ下るル-ト。
比叡山ケーブルカーに乗って山を下ります。

比叡山ケーブルカー
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駅が目に入ると同時に、
駅前に立っていた駅員さんが
まもなく発車の呼び込みをしていました。
あわてて車両に飛び乗る直前に、とりあえず
シャッタ-だけは押しましたが、ブレブレですね。
この車両で山を下ってきました。

↓琵琶湖大橋
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琵琶湖を渡る最長の橋
琵琶湖大橋が遠くに見える
琵琶湖湖南の風景を拝めます。

↓トンネル
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比叡山ケーブルは1927年(昭和4年)開業。
高低差484m、全長2025m、
営業運転距離日本一の
ケーブルカーです。

↓終点間近
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戦時中は、比叡山山頂に
特攻機の射出カタパルトが設置され、
特攻機運用のためケーブルカーも軍隊に
接収され、貨物線として使用されたそうですが、
そのカタパルトはついに終戦まで使用されることなく
進駐軍により爆破撤去され、ケーブルカーの運営も
民間に移管された結果になった、という歴史があります。

↓終点
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車両は新しいですが歴史は長い
比叡山名物のケーブルカーです。

↓ケーブル坂本駅
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麓側のケーブル坂本駅と
山頂のケーブル比叡山駅は
操業当初の駅舎を使用しており
登録有形文化財に指定されています。
駅舎を見てみるだけでもその価値がある、
そんな路線でもあるんですね。

↓日吉大社
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帰り道に前を通った
坂本にある神社。
紅葉見物の参拝者で
結構ごった返してました。
シ-ズン真っ只中ですもんね。

↓ようこそ
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坂本は、比叡山への東側の玄関口。
京都側とはまた違った始発点の
盛り上がりを見せています。

↓京阪電車・坂本駅
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ココから京阪電車に乗って
夕暮れ前の琵琶湖を眺めながら
帰宅の途に着きました。

結構疲れましたが、何故か逆に、
負けてはいけないという気持ちを
持って帰ってきたきた気がします。

コレも修行の賜物か?
(↑いや、坂道でへばっただけだろ?)

↓比叡山・延暦寺へ、機会があればぜひ一度! ブログランキングへも、機会があればぜひ一度。
比叡山・延暦寺の北側、横川エリアの見物を
全力疾走のクロスカントリーランニングで締めくくり、
どうにかこうにかシャトルバスの到着に間に合い
次のエリアへ向かうことに成功いたしました。

次のエリアは、実は最初に見物した
東塔エリアに隣接する寺院群。
逆戻りして、西塔エリアへ向かいます。

↓入口
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クロスカントリーランニングの後なので、
もう急坂は勘弁してほしいなあ、
などと考えつつ西塔エリアへ。

↓にない堂
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左右に同じ形の堂が建ち、
二つの建物を渡り廊下がつなぐ
という姿が天秤棒にたとえられ
「担い堂」と言う名が付きました。

↓常行堂
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にない堂の左側に建っている
阿弥陀如来を本尊とする常行堂。

↓法華堂
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同じく右側に建っているのが
普賢菩薩を本尊とする法華堂。

この「にない堂」の渡る廊下をくぐって
西塔の中心、釈迦堂へ向かいます。

↓釈迦堂
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この堂は、もともと比叡山の麓の
園城寺(三井寺)の金堂だったもの。

信長による比叡山焼き討ちの後
秀吉により強行に移築が進められ
三井寺の金堂は、その代償として
北の政所が建築を指示したという
話が残っているそうです。

↓お守り
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神社やお寺へ行くと大体「勝ち守り」というのを買います。
コレは、勝負運を高くするお守りでもありますが、
自分に勝つ!と言う意味も含みます。

今回手にしたのは、自分意に勝つ、どころか
克己(自分を超える)のための守り札。
修験者の修行場として名高い
比叡山ならではのお守り
ではないでしょうか。
(負けちゃダメなんです。)

↓浄土院・石庭
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西塔エリアのハズレにある浄土院の枯山水。
浄土院は、比叡山・延暦寺の開祖
伝教大師・最澄の御廟所です。

↓浄土院
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比叡山に最初に草庵を築き、
数々の高僧を世に送り出し、
都のまつりごとに影響を及ぼし、
強大な権威を持つに至る寺院群の
始まりとなった、聖人とされる高僧、
伝教大師がココに眠っておられます。

↓上り坂
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ここからしばらく歩くと、
スタ-ト地点の東塔へ戻りますが、
また出ました、上り坂です。


↓負けないからね
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既に膝が大爆笑してる状態ですが、
望んで「克」のお守りを手にした以上
石段ごときに負けてなるものか。
というちょっとした意地で
石段を登ってきました。

↓山王院堂
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坂を登りきったところにコレがあります。

↓山王院堂・本堂
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第5代天台座主、智証大師・圓珍
の住坊だった場所にある千手観音を祀った堂。

圓珍の没後、
比叡山内で派閥間紛争が起き、
圓珍派は天台宗寺門派として
大津の三井寺(園城寺)に移り
延暦寺を総本山とする山門派と別れ、
その後長く続く争いの基を生んだのだそうです。

最後に↑こんな話題で締めるのは
どうかとも思うんですが、
懸命であるがゆえのすれ違いと
いがみ合いが起こる構図、というのは、
どんな時代でも、どんな世界でも
必ず在ることなんですね。

↓東塔と阿弥陀堂
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西塔エリアのハズレ、
山王院堂から歩くとすぐに
東塔エリアの阿弥陀堂裏に出ます。
こんなに近かったんなら西塔エリアから
先に回ってくれば良かった、と、ちょっと地団駄。

比叡山の参拝は、余裕を持って出かけたほうがいいですね。
出来ればマイカ-のほうがバスの終了時間を気にしなくてすみます。
東塔→西塔→横川の順で回るのが歴史的時系列順を感じられるようです。

見所が多すぎて大変ですから、
ちゃんと予習して、どことどこを見よう
という計画があったほうが
より満足のいく参拝が出来ます。

行き当たりばったりは損しますのでご注意を。
(・・・毎回行き当たりばったりなんですけどね)

実は、比叡山散策、もう一回続きます。
帰り道編も見所がたくさんです。

↓世界文化遺産、比叡山・延暦寺の寺院群に、ぜひ1票!
比叡山・延暦寺の広大な境内山中の
北のはずれの横川エリアを散策中。

↓元三大師堂
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近江の豪族、木津氏の子に生まれ、
少年期に比叡山に登り出家、
比叡山が荒廃した時期に
天台座主(最高位)となり、
比叡山を建て直した名僧、
元三大師(がんざんだいし)・良源

その住房だった場所に建つ
のがこの元山大師堂。

↓角大師
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都に蔓延した疫病を鎮めるため
禅行に打ち込んだ良源の姿が
痩せさらばえた鬼の姿に変わり
疫病神を打ち払ったという伝説があり
その姿を絵にした「角大師」の像は
版画に起こされ、魔よけ札として
広く都に流布されたのだそうです。

↓おみくじ発祥の地
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現在、寺社・仏閣で広く取り扱われる
「おみくじ」は、良源の発想で生まれ
世に広がったものなのだそうで、
ココがおみくじ発祥の地
なのだそうですよ。

↓四季講堂
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春夏秋冬絶え間なく法華経の講義を行った
という云われから四季講堂と呼ばれます。
良源は実在の人物(912-985)ですが、
よほどその功績が大きかったためか、
様々な伝説を世に残しており、
独特な信仰も生んでいるのだそうです。

↓箸塚弁財天
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箸を供養する供養塚、なのでしょうか?
弁天様らしいのですが、云われ書きが
検索しても出てきません。謎です。

↓定光院
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横川エリアの一番端にある寺院。

↓日蓮上人修行の地
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ココは、日蓮宗の開祖 
日蓮が修行を積んだ場所です。
我が家は、祖母が日蓮宗ですので
もしまだ生きていたら、
ココへつれてきてあげたかったもんだ、
などと思いながら、手を合わせてきました。

↓激坂
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ココは横川エリアの端っこで、
中堂近辺からは、かなり下った場所。
行く時は飛ぶように坂道を下り続けて、
5分もせずに下り坂を降り切りましたが、
帰り道は一転、地獄のような上り坂になり
来た時の何倍もの時間をかけて、
ぜえぜえ言いながら坂道を登りました。

悪いことにバスの時間も迫っています。
時ならぬクロスカントリーランニング。
コレも日ごろの行いの悪さなんでしょうか。 (^^;)

↓比叡山行院(門構え)
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苦行を積み重ねて、
僧侶を目指す修行僧たちの
行房がこの奥にあります。

かつては、比叡山で出家した僧は
12年間山を降りずに厳しい修行を行い、
ソレが寺社を守る屈強な僧兵を生みました。

比叡山は信仰を集め、物流を集中させたことから
財力も有しており、さらに加えて武装化が進んだ事により、
時の権力者にも屈することが無い強力な権威を持っていました。

一時は、八坂神社、北野天満宮など、
都の名だたる寺社仏閣を末社に置き
帝に大しても強硬な直訴を突きつける
独立国家状態を呈するほどだったそうです。

時代こそ変わりましたが、比叡山の修行は、
今もその厳しさが受け継がれており、
その修行に挑んでいる修行僧も
おおぜいいらっしゃいます。

そんな修行僧達の宿坊が
この奥にあります。

ちょっと坂道登っただけで
へばりそうになっている自分が
ちょっと不甲斐なく思えます。
襟を正して頑張らなきゃね。

次回は、もうひとつの見所。
西塔エリアへ向かいます。

↓比叡山・延暦寺、横川エリア。その厳かな魅力が、伝わったでしょうか?
世界遺産、比叡山・延暦寺の話。
今回は東塔から山内シャトルバスで
10分ほど行ったところに在る
横川エリア散策の話です。

↓横川エリア
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広いという認識を軽く通り越して
冗談にしか思えない程だだっ広い
山上の寺院群を巡るために
比叡山上にはドライブウェイが
通っていて、その中を往来する
バス路線も走っています。

↓参拝道
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バスが走ってるんだから
電車で行ってもあんしんだよね、
と思っておりました、が、しかし、
バスは基本1時間に1本。
しかも運行終了も早いんです。

残り時間を考えると、あんまり余裕を持って
回ってくることが出来ない状況になりました。
とりあえず脚が限られているので
遠いトコから先に行こう、ということに。

↓比叡山のすごいところ
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比叡山は、高野山・金剛峰寺とならび
密教寺院の本山として信仰を集めた名刹。
そして、その後数々の宗派宗門の開祖となった
高僧を次々と世に送り出した修行の場でもありました。

浄土宗の開祖、法然
浄土真宗の開祖、親鸞
臨済宗の開祖、栄西
曹洞宗の開祖、道元
日蓮宗の開祖、日蓮

これらの高僧すべてを
世に送り出したのが
この比叡山なんです。

↓龍ヶ池弁財天
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紅葉の落ち葉をまとう
小さな弁天様のお社。
なんか、すごく絵になる。

↓横川中堂
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横川エリアの中核となる堂がコレ。
1942年に落雷により焼失、
1971年に再建された
鉄筋コンクリ-ト製。

しかし安置されているご本尊の
聖観音立像は本物の重要文化財です。
(内部は撮影禁止)

↓中堂の外回廊
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中堂の回廊からの眺めが、森の中の
高いところに居るみたいに見えるので、
ちょっと不思議な景色に見えます。

↓林の参道
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この参道、両脇にはズラッと石仏が並びます。
石仏は、西国札所、三十三ヶ所の石仏。
西国札所めぐりを一本道を歩くだけで
できてしまう、というお得な参道なんです。

↓虚子の塔、云われ書き
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俳人・高浜虚子ゆかりの供養塔の云われ書き。

↓虚子の塔
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林の中にひっそりと建つ小さな塔です。
高浜虚子、名前は知っていますが、
どんな句を残した方なのか
さっぱり思い出せません。
まったくの不勉強でした。

↓戦災供養碑
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対戦中の戦死者を供養する
供養碑の数々が並びます。

↓恵心堂
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天台宗の僧侶、恵心僧都が入滅した地、とされるそうで、
恵心により初めて念仏が行われたとされるため、
念仏発祥の地ともされています。

↓恵心僧都・源信の紹介
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恵心僧都こと、源信は、「往生要集」を記した
平安時代の僧侶ですが、この往生問答集が
後の平安文学に多大な影響を与えたと云われ、
源氏物語に登場する「横川の僧都」なる人物は
この恵心僧都がモデルだといわれるのだそうです。

↓紅葉
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ああ、穏やかな風景。
時間を気にせず回れたら
とっても和やかな心持ちに
なれそうな景色です。

比叡山散策は、まだまだ続きます。

↓山深く、奥深い、比叡山・延暦寺に 1票!ブログランキングへはコチラから。
都・京都の鬼門の護りとされている
滋賀県は比叡山の山中に点在する
天台宗の大本山にして世界遺産の寺院、
比叡山・延暦寺をぶらぶらしているお話です。

↓・・・巨大
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コノ写真、横を歩いている人が
遠くに居るんじゃありません。
この「根本中堂」の石柱が
本当にバカでかいんです。

延暦寺の最初の草庵が建った場所にできた
ザッツ比叡山とも言うべき「根本中堂」を
ル-トの都合で一番最初に見物しましたが、
見所ってコレだけ?とか思ってませんか?

ははははは。とんでもございません。
ココはまだほんの入口の序の口です。
比叡山の広さを経験してみててください
途方に暮れる事間違いなしの折り紙つき。

そんなわけで、
根本中堂を中心とする
東塔エリア」散策が
まだまだ続きます。

↓鐘楼
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なんだかひっきりなしに鳴り響く大鐘。
もしやと思って近寄ってみたら、
コノ大鐘、打鐘が許されてます。

1突き 50円。 
・・・たった50円で世界遺産の寺院の大鐘を打てる!
なんでこんな所がミ-ハ-なのかよくわからんのですが、
ここはやはり、手を合わせた後、一突き打たせて頂きました。

・・・貴重な経験ですよね?

↓大講堂(重要文化財)
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1634年建造、1956年に焼失、1980年に再建された新講堂。
大日如来を本尊とし、本尊の周りには比叡山で修業の後
様々な宗門の開派を行った名僧たちを象った彫像が
安置されているのだそうです。

↓戒壇院(重要文化財)
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建立当初の建物ではありません。
ですが再建されたのは
延宝6年(1678年)・・・

再建された建物ですら
遥かな歴史を超えてきた
貴重な建物なんですね。


↓緑とオレンジ
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このコントラスト、イケてます、
まだまだこの先へ行きますよ。

↓・・・壁のような石段
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東塔の象徴のひとつ
阿弥陀堂へ向かう石段。
なんか、物凄くキツイんですが、
コノ脇を、新米修行僧の一団が
登って行きました、アスリ-ト並の
軽やかな足で、すったかたった-、
と、当たり前のようにすごい速さで。

・・・修行僧の体力というのは、
   バケモノじみてますね。

↓阿弥陀堂
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東塔エリアで最も高い場所にある堂。
先祖回向の法要を執り行う差所のあたり、
名の通り、阿弥陀如来を祀ってあります。

↓東塔
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東塔エリアの名の元になった東塔(とうどう、と読みます)
ココまで来るだけで、ちょっとばかし膝が爆笑しとります。
すごい石段登ったんだ、という充実感があったりしますが、
登る速さが、さっきの修行僧の一団の足元にも及ばなかった
というのが、正直既に限界を感じさせはじめました。

叡山散策はまだまだこれから!負けちゃダメだ!

↓・・・負けそう。
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今登ってきた石段を降りるとき、
ちょっと、くらっと来ました。
この先もこんな上りが
あるんだろうな・・・。

↓次の目的地へ
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そんな情け無い話は置いといて。
次の目的地は、叡山境内中
最も遠い横川エリア。

移動のためにバス停へ向かいます。

比叡山、まだ続きますよ。

↓比叡山は、今でも修行僧を鍛える霊山です。
滋賀県にある
世界遺産の寺院
比叡山・延暦寺。

↓入口
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バスに乗って東塔側から入ると
こんな質素な入口から入ります。

↓比叡山案内図
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延暦7年(788年)に後の高僧、
最澄が山中に草庵を建てた
という事が始まりとなりました。

↓萬拝堂
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比叡山・延暦寺、というのは
ひとつの寺の名称ではなく、
山中に散らばる寺院郡を
総括して称する名前です。

↓ジオラマ
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萬拝堂内の休憩所には
比叡全山の配置が一目でわかる
巨大なジオラマが設置されています。

↓昼食
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現着時間がちょうどお昼ごろだったので
東塔の参道にある小さな食堂でお昼ごはん。
これは、比叡山の名を冠したもの、「叡山そば」。

↓散策開始
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そばをすすって準備完了。
比叡山散策開始です。

↓文殊楼
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延暦寺発祥の場所となったのが、
比叡山寺院群の南端に位置する
この「東塔」と呼ばれる地区。

その中心「根本中堂」への
山門となるのがこの文殊楼

↓文殊楼・正面
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1600年代に一度焼失し再建された楼門。
楼門自体は一般に開放されていて
中に入ることが出来ます。
上階には文殊菩薩が
安置されています。
(撮影禁止)

↓根本中堂・俯瞰
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文殊楼は本堂より高い位置にあり
楼門の先から壁のような急段を下ると
世界遺産・比叡山のまさに中心である
本堂、「根本中堂」があります。

根本中堂(国宝)
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本堂は、織田信長による
比叡山焼き討ちにより焼失。
後に徳川幕府が再建したもの。

本尊は、薬師瑠璃光如来。
開帳されない秘仏とされます。
最澄が燈したとされる灯明が
一度も絶えずに燈され続けている
という、不滅の法灯が灯っております。
(中堂内部は撮影禁止)

密教寺院の総本山の大本堂。
厳かさを強烈に濃密にした
そんな、一種の畏怖が漂う、
おいそれと足を踏み入れては
いけない場所のような空気を
ピリっと肌身に感じてしまいます。

次回も比叡山ですよ。

↓世界遺産・国宝・重要文化財がてんこ盛り。 ソレが比叡山。

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